2017年1月16日月曜日

  「法と経営学」の視点から、その1;「旧住友信託銀行」(甲信託金融グループ)と「旧UFJ銀行」(乙金融グループ)との、「旧UFJ信託の売却」を巡る「民事保全」攻防戦(法廷闘争)(2004年)(最決H16・8・30;民集58-6-1763)―斎藤和夫著・『民事保全法 民事紛争最前線』・慶應義塾大学出版会・2014年より抜粋―

  2015年4月~;明治学院大学新大学院・「法と経営学」研究科(加賀山茂委員長)創設スタート


 ==『0』 プロローグ 金融再編と民事保全==


0 「法」と「経営」が交錯するダイナミズム


1 「旧UFJ銀行」(乙金融グループ)における「不良債権」処理の滞り、「財務状況」のなお一層悪化2004年)

 
2 「自力再建策」の立案(→「旧住友信託銀行」(甲信託金融グループ)との旧UFJ信託売却「基本合意書」の締結),

 
3 「自力再建」の断念(→「白紙撤回」の通告)、旧三菱東京銀行(丙金融グループ)との全面的「経営統合」に向けた新たな決断,

 
4 甲信託金融グループによる「経営統合交渉差止め」仮処分の申請(→発令)(→「第1ラウンド」の「東京地裁」決定;甲信託☆⇔乙金融グループ★),

 
5 乙金融グループの「異議」申立て(→本件仮処分決定の「認可」決定)(→「第1ラウンド」再審理続行の「東京地裁/異議審」決定;甲信託☆⇔乙金融グループ★),

 
6 乙金融グループの「保全抗告」申立て(→東京地裁決定の「取消」、本件仮処分申立ての「却下」決定)(→「第2ラウンド」の「東京高裁/保全抗告審」;甲信託★⇔乙金融グループ☆),

 
7 甲信託の「許可抗告」申立て(→「第3ラウンド」の最高裁の「抗告」棄却決定;甲信託★⇔乙金融グループ☆),

 
8 法的論点の整理

 
9 「法と経営」統合の経営実践



10 「法」と「金融経営]


11 さいごに


==『0』プロローグ 金融再編と民事保全==


0 「法」と「経営」が交錯するダイナミズム


「仮処分」という民事保全法上の法的手段が、「法律学」や「法実務」という法律専門家の「世界」を超えて、広く「世間」という世の中の一般の人々にも、大きな興味・関心を惹くこととなった「法的紛争」がありました,

 「金融事業の統合化」を巡っての、本来、経営トップ層の「経営判断」に属する金融事業者間の問題(→意見対立)が、一方の事業者が「仮処分」という法的手段に訴えたことにより、「協議段階」中であったにもかかわらず、一気に白日の下にさらされる結果となったのです
この「法的紛争」をきっかけとして、「仮処分」という法的手段の現実社会における「意義」や「機能」、そしてその「重要性」が、広く一般に認識されるようになりました,これは、「法と経営」の交錯の、一つの重要なケースと言えます,
 
「仮処分」は「民事保全」手段の一つですが、これらの認識は、裁判官や弁護士といった「法律専門家」にとっては、勿論のこと、さらには「ビジネスマン・ウーマン」のみならず、広くビジネスに携わる「一般の人々」にとっても、必須のものと言えます,
 
「千里の道も、一歩より始まる」、と言います,そこで、「金融事業の統合化」を巡っての金融事業者間の「法的紛争」という実際のケースをとおして、「民事保全」制覇のために、そして「法」と「経営」が交錯するダイナミズムを感得するために、まずその貴重な「一歩」を踏み出します,
 
  *法律的分析は、補註として、*印にまとめていますので、最初に読むときは、本文のみをフォローし、*印はさしあたり「後回し」でも、結構です,本書の読了後であれば、なお一層の正確な理解が可能となること、確かです,
 
 **なお、本ケースでは、その決着が最高裁にまで持ち込まれていますので、民事保全法上、もっとも入り組んだ精密な「不服申立制度」の構造理解にとって、最適な事例の一つとなっています,これが、ここで取り上げたことの、一つの大きな理由です
 

1 「不良債権」処理の滞り、「財務状況」のなお一層悪化2004年)

2000年代前半のことです,乙金融グループ(旧UFJ銀行)は、「バブル崩壊」以降、他の金融グループが「不良債権」処理を順調に進めていたのに対して、その処理に苦しんでいました,相変わらず、その「不良債権」比率は高止まりしていたのです,しかも、金融庁や市場からの不信を招く事態も生じ、その「財務状況」はなお一層悪化するに至り、「自己資本」比率も「国際基準」の8%を下回るギリギリのところまで低下しました,


2 「自力再建策」の立案(→「基本合意書」の締結),

そこで、乙金融グループは、自らのグループ内の乙信託を甲信託(旧住友信託銀行)グループに「売却」し、「自己資本」比率8%を維持し、その後に「増資」もおこなう、という「自力再建策」を立案しました,端的に、その眼目は、「乙信託売却」による自力再建に、ありました,従来からメガ信託としての規模拡大・結集を意欲していた甲信託も、これに前向きに対応し、乙金融グループと甲信託グループとの間で「基本合意書」(→乙信託の「売却」と「協働事業化」)が締結されました04/5/21


 なお、その経緯よりすれば、乙金融グループの「乙信託の売却」の件については、そもそも甲信託と丙信託が競合して買収提案をしていたのですが、より高額の買収価格を提案した甲信託が交渉相手として浮上し、結果として甲信託との基本合意に至ったものでした,


 この「基本合意書」に基づき、同年7月末日をめどに、「協働事業化」の詳細条件を定める「基本契約」の締結を目指して、乙金融グループと甲信託との間で、その詰めの交渉を続けることになりました,甲信託の意図としては、信託業務の「協働事業化」を契機として、さらにこれを超えて乙金融グループとの「親密関係」構築も、志向されていました,
 

*「基本合意書」の12条は、両者間のその後の「紛争」の火種となったものである,では、それはどのような規定であったのか,
  同12条には、「誠実協議」というタイトルの下、次のような「定め」が置かれていました,
12条(誠実協議):『各当事者は、本基本合意書に定めのない事項若しくは本基本合意書の条項について疑義が生じた場合、誠実にこれを協議するものとする,また、各当事者は、直接又は間接を問わず、第三者に対し又は第三者との間で本基本合意書の目的と牴触しうる取引等にかかる情報提供・協議を行わないものとする。
 
 **合意書12条後段(→「独占交渉権」付与)はどのような意味なのか,  
 敷衍すると、乙金融グループと甲信託は、合意書の目的たる「乙信託の売却」に関しては、その交渉(情報提供・協議)を他の「第三者」としてはならない、という内容が定められています,「乙信託の売却」につき「第三者」との交渉禁止、という拘束が両者に相互的に課されているのです.


 したがって、買主たる「甲信託」サイドからすると、特定した相手方売主たる乙金融グループとの「独占交渉権」の確保(→利益条項)となります,「乙信託の売却」案件については、売主は乙金融グループなのですから、そもそも乙金融グループ以外の「第三者」との売却交渉はあり得ない、からです,
これに対して、売主たる「乙金融グループ」サイドからすると、買主としては甲信託以外の「第三者」も想定されますから、合意書12条後段は、甲信託以外の「第三者」との「乙信託の売却」交渉につき、これを一定期間(本合意書では2年間)にわたり封じる(禁止する)結果をもたらし、かなり「拘束」の強い条項(→不利益条項)となります,
 
要約すると、合意書12条後段は、「甲信託」サイドからすると、売主たる「乙金融グループ」を交渉相手として捕捉しながら、他の「第三者」の交渉介入を阻止しつつの、自己への「独占交渉権」付与条項(→「権利」条項)です,
 
他方、「乙金融グループ」サイドからすると、買主としての「甲信託」を交渉相手としてこれに拘束されながら、なお他の「第三者」との交渉を禁止されるという、「他社との交渉・情報提供」禁止条項(→「不作為義務」条項)である、ということになります,
 
 ***乙金融グループはなぜこのような「不利益条項」を合意したのか,  
 形式的には、「対等」である、と言えます,『他の「第三者」との交渉禁止』条項は、甲信託、そして乙金融グループを、等しく相互に拘束するものだからです,


しかし、実質的には「不均衡」であり、乙金融グループにとって、一方的な「不利益条項」であった、と言えます,なぜなら、買主/甲信託からすると、「乙信託の売却」案件については、売主は乙金融グループなのですから、そもそも乙金融グループ以外の「第三者」との購入交渉はあり得ませんから、『他の「第三者」との交渉禁止』がかかっていても、それは何の拘束をも意味しません,他方、 売主たる「乙金融グループ」サイドからすると、「買主」として可能性のある交渉相手には、甲信託以外の「第三者」も、十分に想定されますから、『他の「第三者」との交渉禁止』条項は、かなり大きな一方的な拘束と言える、からです,


 としますと、端的に、このような「不利益条項」を呑まざるを得ない程に、乙金融グループは財政的危機に追い込まれていたし、それだけに「乙信託の売却」案件に早期決着を付けたかったものと判断されます,
 

3 「自力再建」の断念(→「白紙撤回」の通告)、丙金融グループとの全面的「経営統合」に向けた新たな決断,


 しかし、事態はさらなる急転回を示します,乙金融グループは、金融庁の「業務改善命令」の発動04/6/18を契機として、海外投資家からの資金調達(→増資)も難しくなり、さらに「不良債権」比率も増加し、その損失処理により大幅な赤字計上(予測)となり、「自己資本」比率8%の維持も危うい状況となり、もはや「自力再建」を断念せざるを得ませんでした,



そこで、乙金融グループは、甲信託に基本合意の「白紙撤回」(解約)を通告し04/7/13、その数日後には、丙金融グループ(旧東京三菱銀行)と「経営統合に向けた協議」を開始した旨を正式に発表しました04/7/16,これは、その社内決定よりすれば、「丙金融グループとの全面的な経営統合」以外にもはや採るべき方策はない、という乙金融グループの「経営判断」に基づいたものでした,
 
 *乙金融グループは、なぜ「丙金融グループとの全面的な経営統合」という「経営判断」を行ったのか,   当時、丙金融グループは、既に「公的資金」を完済し、豊富な「剰余金」も積み上げ、「不良債権」処理も順調に前倒しで達成し(043月期決算で「不良債権」比率は達成目標を下回る2%台に低下)、「自己資本」比率も健全であり、豊かな「財務力」を有していました,その「財務力」からすれば、丙金融グループこそが経営統合協議の相手方として申し分なし、というのが、乙金融グループの「経営判断」の、「決め手」となったのです,

 
 また、「乙信託の個別売却」(切り売り)(→信託部門のみの協働事業化)という方策では、既に乙金融グループの「自力再建」は、到底、不可能の状況でもあったのです,
 
 **丙金融グループはどのように対応したのか,
 丙金融グループも、乙金融グループの意向を、前向きに受け止めていました,丙金融グループにとって、自らの豊かな「財務力」をバックとしながら、U金融グループがいわゆる「関西系」母体であるところから、その経営統合により、バランスのとれた全国店舗網を展開できること、リテール部門を幅広く形成できること、有力な法人取引先(たとえば、T自動車工業など)を含めてその裾野を広げることができること、といったメリットがあった、からです,


4 甲信託による「経営統合交渉差止め」仮処分の申請(→発令)(→「第1ラウンド」の「東京地裁」決定;甲信託☆⇔乙金融グループ★)

これに対して、一方的に白紙撤回の通告を受けた形となった甲信託は、乙金融グループに対して、「基本合意書」中の「独占交渉権付与条項」(同合意書12条後段)を根拠として、丙金融グループとの間での「信託部門の経営統合交渉」を差止める「仮処分」を東京地裁に申立てました,
 
 東京地裁は、「甲信託に著しい損害又は急迫の危険が生じることは明らかである」として、甲信託の仮処分申請を認め、「差止め」仮処分を発令(→本件仮処分決定)(以下、第1決定と表記)しました04/7/27,いわば「第1ラウンド」は、甲信託の主張が認められ、甲信託の勝利(白星決定☆)となったのです,


そこで、この仮処分決定を受けて、甲信託は、直ちに乙金融グループに対して、「乙信託の売却」の交渉の再開を申し入れました,
 

*「仮処分」申請は甲信託にとってどのような意味をもつのか,
 「仮処分」を申請した当事者を「仮処分債権者」(申立人)と言います,ここでは、甲信託が「仮処分債権者」です,他方、「仮処分」申請の相手方とされた当事者を「仮処分債務者」と言います,本ケースでは、乙金融グループが「仮処分債務者」です,


本ケースでは、「仮処分」申請は、このような法的手段を活用しての、甲信託にとって、乙金融グループに対する、「オフェンス」の初手です,申請以降、仮処分命令の発令を巡っての、「仮処分債権者」(甲信託)と「仮処分債務者」(乙金融グループ)の法的攻防戦が、展開されることになります,
 
 **どのような内容の「仮処分」が申請されたのか,  甲信託が申立てた「仮処分」は、「基本合意書」中の「独占交渉権」付与条項(同合意書12条後段)を根拠として、その「独占交渉権」侵害を理由とするものでした,


より具体的には、乙金融グループが「第三者」(丙金融グループ)との間で「信託部門の経営統合交渉・協議」を開始したことは、「基本合意書」中の「独占交渉権付与条項」(12条後段)に違反し、甲信託の「独占交渉権」を侵害するものである,よって、乙金融グループが、「第三者」(丙金融グループ)との間で、063月末日(独占交渉権の失効期限)までの間、乙信託の本件対象営業等の「第三者」(丙金融グループ)への移転等に関する情報提供又は協議を行うことの「差止め」を求める、というものでした,


 ***甲信託の法的主張はどのように要約されるのか
その法的主張を敷衍すると、合意書12条後段に基づけば、「乙信託の売却」(→協働事業化)につき、当社には「独占交渉権」があり、乙金融グループは当社とのみ交渉することを義務付けられている,しかし合意書に違反して乙金融グループは「第三者」(丙金融グループ)と全面的「経営統合交渉・協議」(含む・乙信託売却)に入り、これを進めるということである,これは同条所定の「『第三者』との『協議・情報提供』禁止」という「不作為」義務に違反するものである,よって乙金融グループに対して「『第三者』との『協議・情報提供』」(経営統合交渉)を行うことの「差止め」を求める、というものでした,


 端的に、「申立人」には「独占交渉権」がある,「第三者」の介入や干渉を一切排除しての「相手方」と協議・交渉していく権利がある,にもかかわらず「相手方」は「第三者」と「信託部門の経営統合交渉」を進めている,これは当社の「独占交渉権」を侵害する行為である,よって「独占交渉権」侵害を理由としてその「経営統合交渉」行為の「差止め」を求める、というものです,



 ****どのようなタイプ(類型)の「仮処分」が申請されたのか,  
 甲信託が申立てた「仮処分」は、民事保全法上、「仮の地位を定める仮処分」と言われるものです,「仮処分」には、大別して、「係争物」仮処分と「仮地位」仮処分の二つがあるところ、本ケースでは、後者の「仮地位」仮処分が申請されています,
 
 「仮地位」仮処分には、実務上、様々なタイプがあります,極めて多様なタイプがあるのです,本ケースでは、その一つである「不作為義務」違反を理由とする「侵害行為差止め」を求める「仮処分」が、申請されています,端的に、「してはならない」(不作為)義務があるのに、それを「している」(作為)のだから、その「侵害行為」(作為)を「差止め」て欲しい、という「仮処分」申請である、ということになります,講学上・実務上、「不作為義務」違反を理由とする「侵害行為差止め」仮処分、というものです,


本ケースに即して言えば、当社(甲信託)には「独占交渉権」があり、その対応上、相手方(乙金融グループ)には「第三者との交渉をしない」という「不作為」義務(→甲信託の「独占交渉権」)があるところ、相手方により「第三者との交渉開始」という作為(→侵害行為)がなされているのだから、その「侵害行為」(交渉開始・進行)の「差止め」をして欲しい、という「仮処分」申請です




 *****「仮地位」仮処分はどのような「要件」の下で発令されるのか
規制法典(法源)である「民事保全法」の規定によれば、その発令要件につき、「『仮地位』仮処分は、争いがある権利関係につき、債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために、これを必要とするときに、発することができる」(§23Ⅱ)、と定められています,
 
 本ケースでは、甲信託の「仮処分」申請を受けて、東京地裁は、§23Ⅱの要件を具備するとして、「統合交渉差止め」仮処分命令を発令しています,したがって、東京地裁は、①『争いがある権利関係』(→「独占交渉権」を巡る甲信託と乙金融グループとの争いがある)がある、②債権者(甲信託)には『著しい損害又は急迫の危険』が生じており、これを『避ける』ためには発令を『必要』とする、という判断をしたことになります,

 ******発令の「二要件」とはどのようなものか,
「仮地位」仮処分に限りませんが、一般論として、保全命令の発令のためには、「被保全権利」の存在(①)、「保全の必要性」の存在(②)、この「二つの要件」の具備が必要です,


 では、本ケースでは、どのように§23Ⅱの「要件」が具備されているのか,東京地裁の仮処分決定(発令)の「論旨」(→「要件」に事実をあてはめる)を敷衍すれば、次のように言うことができます,


まず、「被保全権利」の存在の要件(①)の具備については、仮処分「債権者」(→甲信託)とその相手方である仮処分「債務者」(→乙金融グループ)、この両当事者間で「独占交渉権」(→「他の第三者との協議」禁止の不作為義務)を巡って争いがある(→§23Ⅱにいう、争いがある「権利関係」が存在する)、という認定/判断がなされています,


さらに、「保全の必要性」の存在の要件(②)の具備については、甲信託の「独占交渉権」があるにもかかわらず、乙金融グループは「第三者」(丙金融グループ)と全面的「経営統合交渉・協議」(含む・乙信託売却)に入っている,これにより「甲信託に著しい損害又は急迫の危険が生じることは明らかである」(→§23Ⅱにいう、債権者には著しい損害又は急迫の危険が生じている),そして、このような甲信託に生じた著しい損害又は急迫の危険を「回避」するためには、仮処分を発令する必要がある(→§23Ⅱにいう、「保全の必要性」がある)、という認定/判断がなされています,
 
5 乙金融グループの「異議」申立て(→本件仮処分決定の「認可」決定)(→「第1ラウンド」再審理続行の「東京地裁/異議審」決定;甲信託☆⇔乙金融グループ★)


乙金融グループは、この東京地裁「決定」(→第1決定)に対して、即日、東京地裁に「異議」(不服申立方法)を申し立てました04/7/27


 しかも、翌日には、乙金融グループHD社長により記者会見が開かれ、甲信託との交渉再開の考えはないとの意向が、明確に表明されました04/7/28,丙金融グループとの「統合交渉差止め」仮処分の発令という司法判断(東京地裁)により、乙金融グループの大幅な資本増強策は遅滞ないし困難化するのではないか、という懸念が東京株式市場に広がり、乙金融グループHDの株価が大きく下落しており、懸念払拭が必要とされたからです,



 しかし、「異議」申立てを受けた同地裁/異議審は、乙金融グループの主張を認めず、本件仮処分決定(→第1決定)を「認可」する旨の決定(→以下、第1決定「認可」決定と表記)をしました04/8/4,乙金融グループの異議申立ては認められず、そのまま甲信託の勝利(☆)とされ、いわば「第1ラウンド」判断(→第1決定)の「認可」となったのです,
 
 *「保全異議」申立てとは何か,
「保全命令」が発令された場合、仮処分「債務者」(→乙金融グループ)は、「不服申立て」をすることができます,不服申立方法としては、「保全異議」申立て(§26)、「保全取消」申立て(§3738)、この二つがあります,本ケースでは、乙金融グループにより、前者の「保全異議」申立てがなされています,


 では、二つの「不服申立方法」は、どのように共通し、また相違するのか,両者は、いずれも「同一審級内」の不服申立てである点で、共通しています,たとえば、本ケースでは、「保全異議」申立ては、発令した「東京地裁」になされているのです,端的に、「保全異議」申立ても、「保全取消」申立ても、「上訴」ではない、ということです,


また、相違点としては、「保全異議」申立ては発令裁判所への「再審理続行」申立て(→発令はされ、審理は一応終わってはいるが、あらためて再審理を続行して欲しい)であるに対して、「保全取消」申立ては発令裁判所への「命令取消・変更」申立て(→発令されたが、この命令それ自体を取消・変更して欲しい)なのです,本ケースでは、乙金融グループは前者の「保全異議」申立てをしているのですから、発令裁判所への「再審理続行」を求めたのです,


以上のように、二つの「不服申立方法」では、それぞれその「制度目的」(機能)が異なっていますから、一般論として、仮処分「債務者」としては、自らの置かれたケース状況を考慮して、いずれの手段(不服申立方法)を行使するか(いずれがベターか)を、判断する必要がある、といえます,
 

**「保全異議」申立てを受けた発令裁判所/異議審(→本ケースでは、「東京地裁/異議審」)は、どのような「審理」をおこなうことになるのか,
 その申立てが「不適法」であれば、申立「却下」の決定をします,これに対して、申立てが「適法」であれば、「保全異議」申立てについての裁判となりますので、保全命令の「認可・変更・取消」のいずれかの「決定」をしなければなりません(§32Ⅰ),


本ケースでは、「東京地裁/異議審」は、本件仮処分決定(→第1決定)を「認可」する旨の決定(→第1決定「認可」決定)をしています,甲信託の白星決定(☆)となったのです,


 ***第1決定・第1決定「認可」決定の「要旨」  
 第1決定・第1決定「認可」決定につき、その「決定要旨」はどのようなものであったのか,発令の「二要件」につき、次のような判断を示しています,

 
まず、「第1要件」については、合意書の「独占交渉権」は法的拘束力を有する、としています,このように、独占交渉権という「被保全権利」は存在し、発令の第1要件は具備している、と判断したのです,
 
さらに、「第2要件」については、「権利者」(→甲信託)のこの権利は「義務者」(→乙金融グループ)の行為によって「侵害」されている,このまま「義務者」が「第三者」(→丙金融グループ)との統合交渉を実施すれば「権利者」に著しい損害又は急迫の危険が生じる,本件ではこれを回避すべき「必要性」がある、としています,このように、甲信託における「保全の必要性」は存在し、発令の第2要件は具備している、と判断したのです,


よって、発令の「二要件」を具備するので、本件仮処分決定(→第1決定)を「認可」する、と結論しています,


以上のような「法的論旨」により、仮処分申立人の甲信託の白星決定(☆)となったのです,

 6 乙金融グループの「保全抗告」申立て(→東京地裁決定の「取消」、本件仮処分申立ての「却下」決定)(→「第2ラウンド」の「東京高裁/保全抗告審」;甲信託★⇔乙金融グループ☆)


乙金融グループは、「東京地裁/異議審」の「認可」決定(→第1決定「認可」決定)に対して、これを不服として、即日、上級審たる東京高裁に「保全抗告」(不服申立方法)を申立てました04/8/4


 これを受けて、東京高裁は、「両者の信頼関係は既に破綻し、最終的な合意に向けた協議を誠実に継続することは不可能であるため、合意書の『独占交渉権』付与条項は、その性質上、将来に向かい効力を失ったと解するのが相当であり、現時点において『差止請求権』を認める余地はない」として、東京地裁決定を取消し、本件仮処分申立てを「却下」する旨の決定(→却下決定)(→以下、第2決定と表記)をしました04/8/11


この決定趣旨は、「保全命令」の発令要件には、「被保全権利」存在、「保全の必要性」存在、の二つがあるところ、前者の「被保全権利」存在の要件(①)を欠く(→「独占交渉権」は将来に向かい効力を失い、現時点において「差止請求権」を認める余地はない)、としたのです,「東京地裁」決定とは逆転して、いわば「第2ラウンド」の「東京高裁/保全抗告審」では、抗告人の乙金融グループの白星決定(☆)となったのです,
 
 *「保全抗告」とは何か,
「保全異議」申立て又は「保全取消」申立てについての「裁判」に対しては、これに不服ある債権者・債務者は、裁判の「送達」を受けた日から2週間(→不変期間)内に、「保全抗告」の不服申立てができます(§41Ⅰ本文),その管轄裁判所は、「保全異議」申立て又は「保全取消」申立てについての「裁判」をなした裁判所(→本ケースでは、東京地裁)の、直近の上級裁判所(→本ケースでは、東京高裁)となります,この意味で、「保全抗告」は「上級審への不服申立て方法」です,


 本ケースでは、「保全異議」申立てについての「裁判」は、本件仮処分決定(→第1決定)の「認可」決定(→第1決定「認可」決定)でしたから、不服ある「債務者」(→乙金融グループ)が、「保全抗告」の不服申立てをしたものです,

 
 **「保全抗告」申立てはどのようになされるべきか,
「東京地裁/異議審」の「認可」決定(→第2決定)に対して、乙金融グループは、これを不服として、即日、「保全抗告」(不服申立方法)の申立てをおこなっています,


 この「保全抗告」の申立ては、「書面」でしなければなりませんし(民事保全規則1⑤)、その「申立書」は「原裁判所」(→本ケースでは、東京地裁)に提出しなければなりません(§7による民訴法231286の準用),

 
 「保全抗告」の申立書を受けた原裁判所は、「保全抗告」の理由の有無につき判断することなく、事件を「抗告裁判所」(→本ケースでは、東京高裁)に送付しなければなりません(§41Ⅱ),「再度の考案」(民訴法333)は、「保全抗告」では、認められていないのです,
 
 ***「東京高裁/保全抗告審」ではどのような「審理」がなされるのか,
 「保全抗告」申立てとその移送を受けて、保全抗告審は、その申立てが「不適法」であるとき、又は「理由を欠く」ときには、決定により「保全抗告」申立てを却下します,
 
これに対して、「保全抗告」申立てに「理由あり」とするときには、申立ては「認容」されます,保全抗告審は、原決定の取消しの上、原決定の態様に応じて自判、原審への差戻し、又は管轄裁判所への移送などの「裁判」をすることになります,

 
本ケースでは、「東京高裁/保全抗告審」は、乙金融グループの「保全抗告」申立てを「理由あり」として、東京地裁決定を取消し、本件仮処分申立てを「却下」する旨の決定(→却下決定)(第2決定)をしたものです,


なお、本ケースでは、「保全抗告」の申立て(04/8/4)から、本件仮処分申立ての「却下」決定(→却下決定)(第2決定)に至るまで(04/8/11)、僅か「1週間」程度で、迅速に決定がなされています,
 
****「第2決定」の決定要旨
その「決定要旨」はどのようなものであったのか,発令の「二要件」に即して見れば、次のような判断を示しています,


 まず、「第1要件」については、合意書の「独占交渉権」は法的拘束力を有し、差止請求権の根拠となる、としています,しかし、他方、両者(甲信託と乙金融グループ)の相互信頼関係は既に破壊されている,最終合意に向けての「協議継続」は既に不可能となっている,したがって甲信託の「独占交渉権」は将来に向かって失効している,その「独占交渉権」に基づく協議・交渉「差止請求権」を認める余地はない、としています,



このように、「独占交渉権」という「被保全権利」は将来に向かって失効しているのだから、「被保全権利」は存在せず、発令の「第1要件」は具備していない、と判断したのです,
 
しかも、「第2要件」については、特段の判断を示すことなく、「第1要件」が具備していないことを理由に、甲信託の保全申請には発令要件が具備されていないとして、「第2ラウンド」の「東京高裁/保全抗告審」では、抗告申立人の乙金融グループの白星決定(☆)となったのです,発令の必須「二要件」中、「第1要件」に焦点を絞っての、判断といえます,
 


7 甲信託の「許可抗告」申立て(→「第3ラウンド」の最高裁の「抗告」棄却決定;甲信託★⇔乙金融グループ☆)

 甲信託は、「東京高裁/保全抗告審」の決定(→第2決定)に対して、これを不服として、まず東京高裁に「許可抗告」の申立てをしたところ、その「抗告」許可決定を受けた04/8/17ので、その目的たる「最高裁」の判断(→以下、第3決定と表記)を仰ぐことになりました04/8/30


 しかし、最高裁は、甲信託の仮処分申立てはその発令要件たる「保全の必要性」(§23Ⅱ)を欠くとして、甲信託の「抗告」を棄却し、仮処分申請を退けた東京高裁の決定(→第2決定)を「維持」した(→第3決定)のです,

 

その決定趣旨は、「保全命令」の発令要件には、「被保全権利」存在、「保全の必要性」存在、の二つがあるところ、後者の「保全の必要性」存在の要件を欠く、としたのです,「第3ラウンド」の「最高裁/許可抗告審」では、抗告人の甲信託の黒星決定(★)となったのです,

 

以上のように、金融再編を巡る異例とも言うべき「法廷闘争」は、甲信託の「敗北」という形で、決着となりました,以後、乙金融グループは、丙金融グループとの全面的「経営統合」に向けて、ひとまず大きな前進が可能となったのです,

 

 

 *「許可抗告」申立てとは

高裁段階での「法の解釈適用の不統一」を除去し、「判例の統一」を図ろうとする目的をもった、「不服申立方法」です,詳細は、本書でも後述します,

 

**「第3決定」の決定要旨
   その「決定要旨」はどのようなものであったのか,発令の「二要件」に即して見れば、次のような判断を示しています,

まず、「第1要件」については、「独占交渉権」は、社会通念上、最終的な合意成立の可能性がなくなった時点で、失効する,しかし、本件では、乙金融グループと甲信託の間で、最終的な合意成立の可能性がまったくなくなったわけではない,したがって「独占交渉権」は未だ失効していない、としています,

このように、「独占交渉権」は未だ失効していないのだから、「被保全権利」は存在し、発令の「第1要件」は具備している、と判断したのです,この点では、「第2決定」の決定要旨(→失効論)とは、判断が異なっています,
さらに、「第2要件」については、結論として、「保全の必要性」を欠き、発令の「第2要件」は具備していない、としています,その論旨のキーワードは、「甲信託」と「乙金融グループ」、この両者間のトータルな「利益調整」にある、と考えられます,そして、発令の必須「二要件」中、「第2要件」に焦点を絞っての判断から、「第3ラウンド」の「最高裁/許可抗告審」では、抗告人の甲信託の黒星決定(★)となったのです,


 ***「保全の必要性」判断における「甲信託」と「乙金融グループ」の間のトータルな「利益調整」とは何か,
具体的には、「第3決定」では、「保全の必要性」という「第2要件」判断につき、次のような利益調整を示しています,
 
  1に、申立人(→仮処分債権者)の「甲信託」サイドにおける「損害」について、です,;「独占交渉権」付与条項が侵害されたことによる「甲信託」の「損害」は、最終的な合意成立への期待が侵害されることによる「損害」であり、これは事後の損害賠償によって償い得ないものではない、としています,
 
  第2に、「両者」間における現状について、です,;「両者」間で最終的な合意成立への可能性は相当低いとしています,
 
  第3に、相手方(→仮処分債務者)の「乙金融グループ」サイド「損害」について、です,;仮処分(丙との交渉差止め)が認められれば、063月末までの間、交渉差止めとなり、「乙金融グループ」の被る損害は相当大きいとしています,
 
  結論として、これらの事情からすれば、「保全の必要性」(第2要件)は認められない、としています

 

****「保全の必要性」判断はどのようになされるべきか,
  「仮地位」仮処分、とりわけ本件におけるような「差止め」仮処分は、満足的仮処分の一例ですから、これが発令されれば、仮処分債権者にとって、権利の終局的な実現に至り、その効果・機能は極めて大きい、といえます,それだけに、仮処分申請に際しては、債権者には、より高度の「保全の必要性」が求められるし、その発令にあっても、裁判所における「保全の必要性」判断は慎重になされなければならないこと、当然です,  
  「保全の必要性」判断は、基本的には、裁判所の「自由裁量」に委ねられます,しかし、フリーハンドとは言っても、裁判所としては、具体的にはどのような事情を、どのように考慮して、その「有無」を判断すべきなのか(→保全必要性があるのか、ないのか)、ということが問題となります,
 
  第1に、「保全の必要性」判断に際しては、「債権者」サイドの事情、とりわけ仮処分がなされないときに生ずる債権者の「損害」(不利益)が、事後的に金銭により回復可能であるのか(→「事後的金銭賠償の可能性」の有無)、が考慮されます,このような形で「債権者」サイドの事情が考慮されることについては、実務・学説上、一般的に承認されてきています,
 
  たとえば、あくまでも論理的・相対的傾向にすぎませんが、その債権者「損害」が、事後的に金銭により回復可能のものであれば、「保全の必要性」はより希薄となる(→この段階で緊急的に発令しなくても、債権者「損害」は事後的に金銭賠償で回復できる、という方向性)し、これに対して、事後的に金銭により回復不可能のものであれば、「保全の必要性」はより濃厚となる(→この段階で緊急的に発令し、債権者「損害」を回避する必要がある、という方向性)、ということになります,
 
  要約すれば、債権者「損害」が「事後的金銭賠償の可能性」があるのであれば、「保全の必要性」を低下させるバイアスとなるし、これに対して、それが「事後的金銭賠償の可能性」がないのであれば、「保全の必要性」を高度化させるバイアスとなる、ということです,
 
  具体的には、本件の最高裁決定(→「第3決定」)では、甲信託「損害」は最終的な合意成立への期待が侵害されることによる「損害」であり、これは「事後の損害賠償」によって償い得ないものではない、としています,これは、甲信託「損害」は「事後的金銭賠償の可能性」があるとして、「保全の必要性」判断に低下バイアスをかけたものである、といえます,


  第2に、「保全の必要性」判断に際しては、「債権者」サイドの事情に加えて、「債務者」サイドの事情、とりわけその「損害」(不利益)についても、考慮できるのか、という点については、これまでも議論がありました,実務・学説上、見解が分かれてきていたのです,
 
 「債権者」サイドの事情に加えて、「債務者」サイドの事情も考慮し、発令によって被る債務者「損害」(不利益)と発令による債権者「利益」、この両者を比較衡量し、前者「不利益」が大きければ、「保全の必要性」を欠く、とする見解(肯定説)があります,これが有力説となってきています,これに対して、「仮地位」仮処分は「被保全権利の存在」につき高度の疎明があった場合のみ認められるものである、債務者「損害」は債権者提供の「保証金」によりカバーされている、「債務者」サイドの事情は保全異議(§27)の不服申立方法をとおすことにより考慮すればよい、という理由から、債務者「損害」は「保全の必要性」判断では考慮すべきでない、という見解(少数説)もあります,
 
 実務上、多くの仮処分例では、もっぱら「債権者」サイドの事情に注目して、発令の是非が論じられていますが、僅かではありますが、「債務者」サイドの事情も考慮するものも、見られます,
 
 本件の最高裁決定(→「第3決定」)では、明確に「肯定説」の立場が取られています,その「保全の必要性」判断に際して、債権者「甲信託」事情に加えて、債務者「乙金融グループ」の「損害」についても、これを考慮している(→対外交渉の差止めとなれば、「乙金融グループ」の「損害」は相当大きい)からです,これは、最高裁としての、極めて明確な態度決定であり、今後の実務上の指針となるという限りで、民事保全法上の論点としては、これがもっともキーとなるものです,  
 
 第3に、最高裁の「第3決定」では、「保全の必要性」判断に際しては、「債権者」サイドの事情に加えて、「債務者」サイドの事情も考慮し、なお両者をとりまく状況(→信頼関係破壊から両者間での最終的な合意成立の可能性は相当低い)をも総合的に勘案すべし、としています,


 ******「二要件」には、「審理順序」があるのか、   
  発令の「二要件」として、「被保全権利の存在」と「保全の必要性」の二つがあること、既に論述したとおりです,発令のためには、この「二要件」を共に具備しなければなりませんので、この意味では、発令の必須「二要件」と言えます,この点については、異論がありません,
 
 では、この「二要件」には、「審理順序」があるのか、ということが問題となります,実務一般では、「被保全権利」の存否判断(第1要件)が、審理手続上、優先しておこなわれ、それが肯定されて初めて「保全の必要性」判断(第2要件)に移っています,この限りで、「審理順序」がある、と言えます,本ケースの「第1・第2・第3決定」においても、この「審理順序」(論旨展開順序)が踏まえられています,
 
 ちなみに、本ケースの「第1決定」(東京地裁)では、①「被保全権利の存在」の第1要件は具備している(→甲信託の「独占交渉権/その法的拘束力/対外交渉差止権」はある)、②「保全の必要性」の第2要件も具備している(→「独占交渉権」の存在にもかかわらず、「相手方」の乙金融グループによる「第三者」丙金融グループとの対外交渉により、甲信託には著しい損害又は急迫危険が生じ、その回避の必要がある)、という審理進行(論理展開)により、発令に至っています,
 
 また、本ケースの「第2決定」(東京高裁)では、①「被保全権利の存在」の第1要件は具備していない(→甲信託には「独占交渉権/その法的拘束力/対外交渉差止権」はあるものの、両者間では信頼関係は既に破壊され、最終合意に向けての協議は既に不可能化し、将来に向かって「失効」してしまっている)として、「保全の必要性」の第2要件の判断に至るまでもなく、発令を拒否しています,これは、第1要件の「被保全権利」の存否判断を先行させているという限りでは、「第1決定」と同様です,
 
 さらに、本ケースの「第3決定」(最高裁)でも、①「被保全権利の存在」の第1要件は具備している(→甲信託の「独占交渉権/その法的拘束力/対外交渉差止権」は未だ「失効」していない)としているが、②「保全の必要性」の第2要件は具備していない(→甲信託「損害」と乙金融グループ「損害」を比較衡量すれば、甲信託に損害・急迫危険を回避すべき「保全の必要性」を欠く)として、発令を拒否しています,これも、第1要件の「被保全権利」の存否判断を先行させているという限りでは、「第1・第2決定」と同様です,
 
 債権者に「被保全権利」が認められる(→第1要件の具備)、しかしその「権利」が債務者により侵害されている、そのために債権者には「著しい損害又は急迫危険」が生じている、そのような「損害/危険」を回避するためには保全命令が必要である(→第2要件の具備)、というのが、発令の「二要件」の論理構造となっています,したがって、この論理構造を前提すれば、「審理順序」として、まず「第1要件」具備判断、これが肯定されたときには、次いで「第2要件」具備判断、というのは、事理当然のことである、と考えられます,


 *******「保全の必要性」要件は、「適法要件」なのか、「理由具備要件」なのか  
  付言すれば、主として母法たるドイツ法上の議論ですが、上記の「審理順序」の問題は、「保全の必要性」という第2要件が、「適法要件」なのか、「理由具備要件」なのか、という問題と関連しています,「適法要件」とすれば、それを欠く申立ては「不適法」却下となりますし、「理由具備要件」とすれば、それを欠く申立ては「理由具備なし」として却下されます,



債権者に実体法上の権利たる「被保全権利」が認められる(→第1要件の具備)だけでは足りない,「相手方への危険・不利益」を配慮すれば「保全」という「特別の権利保護」を享受し得る「手続」へのアクセスキーとして債権者には付加的に「保全の必要性」(→第2要件の具備)が求められている,とすれば「保全の必要性」という第2要件は、本来、保全手続スタートのいわば「入場チケット」としての、「適法要件」である、と考えられます,
 

8 法的論点の整理
  本ケースにおける基本的な「法的論点」(→その基本的視点)を整理すれば、①独占交渉権には「法的拘束力」があるのか、②基本合意についての「解約」は認められるのか、③「保全の必要性 」要件の判断に際して「債務者の被るおそれのある不利益ないし損害」を考慮すべきか、等が指摘できます,
 
1点については、従前、我が国では必ずしも一般的ではなかった「独占交渉権」条項についての、いわば「違和感」ないし「抵抗感」から議論された側面もあったと思われますが、欧米ビジネスでは、MA交渉過程において、ごく普遍的に用いられている法的手段ですから、我が国でも、その「有効性」が法的に承認されるべきことは、当然です,
 
2点については、「独占交渉権」条項が約定された場合に、いかなる場合にも「解約」が認められないとすることには、契約についての一般論として、そもそも無理がありますし、一方的に不利益状態に拘束される「一方当事者」の利益擁護の視点からも、本ケースでも、解約が認められるべきこと、当然です,


最後の論点については、既述したところからも明らかですが、本ケースの『最高裁決定』(最決H16830は、債権者サイド(甲信託金融グループ)の事情(→仮処分が認められなければ生じる甲信託の「損害」は、金銭賠償で補填できないものであること、→換言すれば、金銭賠償で補填できるのであれば、甲信託グループの「損害」は乙金融グループからの金銭賠償で補填してやればよいのだから、別段、甲信託グループに仮処分を認めてやる必要性はないことになる)は勿論のこと、それのみならず、債務者サイド(乙金融グループ)の事情(→仮処分が認められた場合に生じる損害や不利益はどれだけのものなのか)をも含めて、これらを総合的に判断すべし、としたところに、その最大の『意義』があります,
 
9 「法と経営」統合の経営実践  
 的確な「経営判断」、それに基づく迅速な「行動」、それは適正妥当な「法的手段」のサポートによって、はじめて『実現』に至り、豊かな『果実』を産み出すのです,これは、本ケースの分析からも明らかなように、実践的な経営活動における普遍的な「至上命題」として、定立することができます,まさしく「法と経営」が交錯するダイナミズムに他なりません,

10 「法」と「金融経営」
  「法と経営」という視点からは、たとえば「会社法と金融統治」というキーワードが導出されます。ここでは、「会社法」改正を含めて、「会社法」の動向は「金融統治」にも大きなインパクトを与えてきていることに、注目されます。


  ちなみに、みずほフィナンシャルグープは、141月、我が国の金融グループとしては初めて、「委員会設置会社」への移行を発表し、世界標準の金融グループへの進化を一層加速させています。これは、近時の「会社法」改正の動向に即応して、革新の「企業統治」(コーポレートガバナンス)を目指す貴重な英断と言えます。そのポイントは、「経営」と「執行」の分離の徹底、経営監督にあたる「社外取締役」導入と権限強化、というものです。


 また、14620日には、改正会社法が成立し、従来からの「監査役会設置会社」と「委員会設置会社」に加えて、新たに「監査等委員会設置会社」が設けられました。これは、従来タイプの二つの、「中間的」タイプと言えます。この第3類型の創設により、従来からの現行の委員会設置会社は「指名委員会等設置会社」と呼ばれることになりました。


  我が国では、上場会社の大多数は未だ監査役会設置会社」(企業統治に限界あり)に留まり、「委員会設置会社」(革新の企業統治)への移行を実施したケースは、未だ少数にすぎません。世界標準の企業統治に向けての、さらなるレベルアップが喫緊に必要です。


 また、プロローグ1で見たように、金融再編(経営統合)ケースは、「法と経営」という視点からは、「法(会社法・金融法・民事保全法)と金融経営」というキーワードが導出されます。たとえば、14114日には、二つの地銀大手(横浜銀行・東日本銀行)の統合が新聞発表され、これにより地銀首位の金融グループとなる方針が示されました(同日付け日経朝刊)。その再編は、「共同持株会社」を作り、二つの銀行がその傘下に入る、という形態を採る案が有力である、とされています。このような手法による金融再編(経営統合)は、我が国では、2000年、当時の大手3行の合併によりにスタートしたみずほホールディングスが、その嚆矢であり、当時のEU統合になぞらえて、金融再編の「壮大な実験」といわれ、その後の金融再編に大きな影響を与え、その手法が踏襲され、現在に至っているものです。
 
 さらに、「商業銀行」との対比での「投資銀行」モデルについては、「法と経営」という視点からは、「金融法(担保法)と金融経営」というキーワードが導出されます。たとえば、投資銀行業務の代表的な一つとして「プロジェクトファイナンス」があり、著者もこれに関する私見分析(藤原淳一郎編・アジアインフラストラクチャー・慶大出版会)を公にしていますが、これもこのキーワードを抜きにしては語ることはできないテーマと言えます。なお、投資銀行については、我が国では、アメリカ型投資銀行を範としながらも、なお我が国独自の、和製投資銀行モデル(旧みずほコーポレート銀行、現みずほ銀行)として、国際的な展開が顕著になされてきた開拓の歴史に注目されます。



 以上からも明らかなように、「法と経営」が交錯する、いわば「クロスオーバー」視点が、様々な問題の解決にとって、極めて大きな「可能性」(分析力)を秘めたものであることを理解していただけたと思います。「法」といい、「経営」といい、それはそれぞれ巨大なジャンル(学問及び実践面)を包摂するものですから、その「クロスオーバー」視点から提示されるところの、これまで困難とされてきた問題解決のための「可能性」(分析力)は、それだけ一層、図り知れない程の、大きなものと言えます。換言すれば、この「クロスオーバー」視点からは、解決すべき多くの諸問題が、眼前に大きく広がってきていることを、実感せざるを得ないのです。
 
 かくして、「法と経営」という視点から、明治学院大学(鵜殿博喜学長)では、154月より、「法と経営学」研究科という名称の、「新型」大学院がスタートします。これは、法学部(法学研究科)と経済学部(経営学科・国際経営学科)(経済学研究科)とのクロスオーバー・コラボレーションによる、我が国では初めての画期的な研究科であり、様々な革新的な試みを実施且つ実現し、この領域の開拓者(フロンンティア)を志向するものです。

 
11 さいごに   
  従来、一般的傾向として、法律研究者は、まず「法」を考え、法という「世界」に沈潜し、この「土俵」で勝負し、これを自らの「専門領域」としてきました,法律学においても、専門領域の「分化」が徹底・貫徹され、「経営」や「経済」については、「学問体系的・理論的・歴史的」には勿論のこと、「実践的・実務的」にも、必ずしもこれを包摂・統合していくものではなかったのです.




しかし、「経営実践」に即して、「法」を考え、その「有機的統合」を志向・実現し、これを学問的・理論的にも「体系化」していくことの、その重要性は、いくら強調しても、強調しすぎることは、ありません,既に「経営実践」の場面では、「ビジネスロー」の分野が開拓・実践されてきました,新たな学問体系化のための「パラダイム転換」が、今、喫緊に求められているのです,これは、次なる世代の有為なビジネスマン/ウーマンのために、極めて実践的にして、有効且つ帰納的な「ツール」を付与するものとなるでしょう, 民法学の巨人、我妻栄先生の社会経済史的状況をも包摂した壮大な民法学研究(法律科学的研究)を想起せざるを得ません。