2017年1月15日日曜日




斎藤和夫著・『クルツブーフ 民事執行法 非金銭執行編』20171月刊行・信山社)より抜粋


 


はしがき


――『総論』を兼ねて――
 
1 本書は、慶應義塾大学大学院、そして明治学院大学大学院での、「民事執行法」講義や演習を一つの機縁とするものです。研究者の道を歩み出して以来、教育者としても、40数年以上にわたり、慶應義塾大学、そして明治学院大学で、多くの講義や演習を担当してまいりました。民法等の「民事法」に加えて、民訴法等の「民事手続法」の法領域についても、講義や演習を担当し、法曹の「志」ある多くの熱心な受講生との、貴重な「出会い」が得られました。この意味で、本書は、これらの「受講生」の方々を前に教室や演習室で著者自らが「語りかけた書」であり、いわば民事執行法「語り部」の書でもあります。
 
2 「民事執行法」については、慶應義塾大学研究大学院(法学研究科)では、「民事法総合演習」の担当責任者として、他大学の民事手続法専攻の研究者や実務家と共に、指導院生の参加の下、永らく共同研究を進めてまいりました。また、明治学院大学大学院法務職研究科では、週3コマの充実したカリキュラムの下での「民事執行法」講義、次年度の週1コマの「民事法執行法」演習を、担当してまいりました。そして、同大学研究大学院(法学研究科)でも、「研究指導」科目(民事手続法)の担当者として、「民事執行法」を講じる機会が得られました。
 
これらの講義や演習では、研究対象は、近時の「重要判例の研究」や注目すべき「重要論文」を素材としながら、「理論的」テーマ(日本法やドイツ法)から、「実務的・実戦的」テーマにまで、極めて広範囲の領域に、及びました。夜8時を過ぎても、なお意欲的且つ真摯に取り組んでいた多くの法曹志願者や受講参加者の方々を想起し、今や民事執行実務の担い手たる「メイン法曹」としての、さらなるなお一層の活躍を確信しながら、執筆の手を進めました。この意味で、本書は、今や法務実践の場に臨場し、その第一線にて活躍する「法曹」の方々に向けて、著者自らが「認(したた)めた書」でもあります。
 
3 本書は、『クルツブーフ 民事執行法 非金銭執行編』と題するものです。民事執行法は、「強制執行」を、執行により満足を与えられるべき請求権が「金銭の支払いを目的とするか否か」によって、「金銭執行」と「非金銭執行」との二つに、大別しています(民事執行法(S55/1980年施行)により初めて創設された『民事執行』の概念は、民事執行法典中に包摂された、①強制執行、②担保権実行競売、③形式競売、④財産開示手続(H15改正による付加)、の4種類の手続を総称する概念でもあります)。サブタイトルからも明らかなように、本書は、民事執行法中の「非金銭執行」にテーマを絞って、その論述を行うものです。ここでは、まず、本書の執筆の「動機」(なぜ「非金銭執行」に絞って、これを論ずるのか)に答えなければなりません。それは次の三つにあります。
 
4 第1に、「非金銭執行」は、「金銭執行」と対比すれば、そもそも母法たるドイツ法の「法形成史」から言っても、また基盤をなす「原理」的にも、そして関係当事者間の「利益調整」の上でも、かなり違いのある異別且つ異質なものです。したがって、「LS院生」や「司法修習生」等の「将来の法曹」の方々のみならず、既に「法曹実務家」として御活躍中の方々にとってもまた、その「全体的・体系的」構造を的確に把握するためには、「非金銭執行」を単独・別個に取り上げ、基本骨格から応用面にわたって、正面から検討する独立した「単行解説書」の存在が極めて肝要ではないか、と考えたからです。これが、本書執筆の、第1の「動機」でした。
 
ちなみに、我が国の『民事執行法』と題する多くの教科書や体系書、実務書にあっては、「金銭執行」については、「多く」のページ数が割かれていますが、「非金銭執行」については、相対的に、「僅か」のページ数1020数頁程度)(ちなみに、直近の20163月刊行の大著、中野=下村・民執法(青林書院)では、本文総計844頁中、「非金銭執行」については、39頁となっています。しかし、これでも、他の著作と比較すれば、最多の頁数を占めています)が割かれているにすぎません。実質内容上のボリュームからすれば、担保債権の回収を含めた「金銭執行」と「非金銭執行」の割合比は、大略、「91」を下回る程の格差がある、と言っても過言ではありません。
 
現代の「経済取引社会」では、担保債権も含めた「金銭債権」が圧倒的な比重を占めていますから、この絶大にして強力な「社会経済的機能」を背景として、「民事執行法」の領域においても、「金銭執行」が圧倒的な比重を占めています。その結果、「解説書」等一般の叙述にあっても、「金銭執行」をメインとして、「非金銭執行」は、いわば「刺身のツマ」の如く、サブとして「辺境」に追いやられ、「僅か」の紙数が割かれるに過ぎない状況となっているのです。しかし、これでは、民事執行における「非金銭執行」の意義や役割、そしてその重要性に鑑みて、適切な「取り扱い」(処遇)をしているとは、とても言えません。端的に、「非金銭執行」の存在をあまりにも「矮小化」しているようです。
 
しかも、限られた「僅か」の紙数では、ともすれば「言葉足らず」の叙述となりかねず、十分に解明し切れない「問題点」や「論点」も頻出せざるを得ません。かくして、「読み手(学び手)」の立場からすれば、その「全体像」については、勿論のこと、「個別的知識」についても、理解不十分のままに、読了せざるを得ない状況にも、なっているようです。これは、指定した基本文献の予習を踏まえた「志」ある多くのLS受講生を前にしての、現実の「教場」での、永年の著者の実践的・体験的「感覚」に、他なりませんでした。
 
しかし、これは、現代の「市民生活関係」にとって、理論的にも、実務的にも、今後も、ますます大きな可能性と重要性をもつ「非金銭執行」を眼前にして、これに自ずと直面せざるを得ない「法曹実務家」や司法修習生等の「将来の法曹」にとって、極めて大きな問題ではないでしょうか。
 
前述しましたように、「非金銭執行」は非金銭債権の実現を目的とするものですが、それは、そもそも、金銭債権の実現(債権回収)を目的とする「金銭執行」とは、母法たるドイツ法の「法形成史・原理・利益調整」の諸点において、かなり異質なものともなっています。したがって、「読み手(学び手)(「法曹実務家」や「将来の法曹」)にとって、その「全体的・体系的構造」を的確に把握し、これに特有の「思考回路」を自らの中に構築し、実践的・実務的行動として的確に対処するための「法技術」を具備するためには、「僅か」の頁数を割く解説書では、到底その任務を果たし得ない、と言わなければなりません。かくして、「金銭執行」とは分離・峻別し、「非金銭執行」を正面から検討する独立した「単行解説書」の刊行は、喫緊の要請に他なりません。
 
5 第2に、「非金銭執行」では、多様な「請求権」態様(「請求権」目的の差異)に即応して、各種の「執行方法」(変化球)が駆使され、その「執行方法の組合せ」(合せ技)の活用もなされています。このような執行手続上の高度の理論的・実践的「技術性」からすれば、「金銭執行」と比較して、その「全体的・構造的」理解は、極めて「難解」です。その理解のためには、かなり「専門技術」的な方法や能力(学び手の「学び方」や「基礎能力」等)を必要とする、と言わなければなりません(ちなみに、中野=下村・民執法の「はしがき」では、「金銭執行」との対比において、「非金銭執行」では、その請求権の目的の差異に応じて、多様な執行手続があり、その間には共通性がないのではないか、そこでは多様な問題が生ずるであろう、との趣旨が述べられており、その「問題構造」性をいみじくも示唆しています)。かくして、この「専門技術」的な方法や能力なくしては、理解困難な「非金銭執行」につき、その「全体構造」を明快にトータルに解明するためには、「非金銭執行」を正面から検討する独立した「単行解説書」を執筆しなければならない、と考えたからです。これが、本書執筆の、第2の動機でした。
 
「非金銭執行」では、「金銭執行」とは「異別原理」(異別考慮・思考回路)が妥当し、それが故に、自らは「独自の存在性」(独自の手続構造)を有するものです。「非金銭執行」には、内容上、「専門技術」的な諸要素が包摂されているが故に、その理解のためには、「専門技術」的な方法や能力(学び手の「学び方」や「基礎能力」等)を必要とする、のです。このような「非金銭執行」における「専門技術」的な諸要素につき、「金銭執行」との比較において、より具体的に「野球」を譬えとして説明すれば、以下の如くです。
 
5-1 「金銭執行」については、民事執行法は、確かに、その「執行対象」如何(α/「不動産」、β/「準不動産」、γ/「動産」、δ/「債権その他の財産権」)に対応して、それぞれに異なる「執行手続」規定(α/「不動産執行」規定、β/「準不動産執行」規定、γ/「動産執行」規定、δ/「債権その他の財産権執行」規定)を詳細に定めており、その「手続方式」に異同があります。
 
しかし、その手続進行の最終目的が「債権回収」にあり、「①差押え→②換価→③満足」という基本手続パターンが取られている点では、上記のいずれの手続(α、β、γ、δ)にあっても、共通しています。「スリーステップの手続進行」に尽きる、という点では、いわば「ワンパターン」となっているのです。
 
この意味では、「金銭執行」では、条文数が極めて「多数」に上り、しかも現代の経済取引社会における「圧倒的比重」にもかかわらず、「スリーステップの各手続段階」を基軸として、その要諦(ようてい)を押さえて、理解を進めれば、その学習や研究は必ずしも困難ではなく、決して難攻不落というわけでもありません。「野球」に譬えれば、いわば、その「球速」(各「手続方式」)に異同はあっても、「ストレート」(「3手続段階」構造)であることには、変わりがありませんから、「直球」勝負に来る相手「投手」に対しては、「打者」サイド(読み手/学び手)としては、これに的を絞って、「好球必打」の姿勢で対処すればよい、ということでもあります(但し、担保執行を含めた「不動産」強制執行手続は、沿革的・理論的・実務的にも、最も根幹となる執行手続ですが、これは、いわば「160キロ」にもならんとする快速球ですし、しかも剛速球ですから、その難度は極めて高く、バッターとしては、「巨砲」クラスの「パワー」、そしてプラス「精密な技巧力」が必須かもしれません)
 
5-2 これに対して、「非金銭執行」では、大いに様相を異にします。「非金銭執行」条文数が、僅か8ケ条という、極めて「少数」であるにもかかわらず、実現対象たる「金銭の支払いを目的としない請求権」の多様性(差異)に応じて、各「執行手続」は多様な形態を示し、これらの「執行手続」間には「共通性」が見られない、からです。
 
より具体的には、α)「物引渡し/明渡し」請求権者の執行(ワタセ債権者の執行)では、「直接強制」の執行方法が取られています(§168~§170)(本書【2】)。β)「作為」請求権者の執行(セヨ債権者の執行)では、「代替執行」又は「間接強制」の執行方法が取られています(§171~§172)(本書【3】)。γ)「不作為」請求権者の執行(スルナ債権者の執行)では、「代替執行」又は「間接強制」の執行方法が取られています(§171~§172)(本書【4】)。δ)「意思表示」請求権者の執行(意思表示セヨ債権者の執行)では、「意思表示」擬制という特殊な観念的執行が取られています(§174)(本書【5】)、というが如きです(なお、非金銭執行を「『渡せ、せよ、するな』の強制執行」とする中野表記(同・『民事執行・保全入門(補訂版)』221頁参照・2013)は、非金銭執行の「具体的イメージ」を実に明快に表現するところから、本書表記でも、これを、「カタカナ表記」に修正の上、部分的に用いています)
 
このように「非金銭執行」では、「請求権」の目的の差異に応じて、様々なバリエーションに富んだ、変幻自在の、いわば4種の「変化球」(「直接強制・代替執行・間接強制・意思表示擬制」の執行方法)が投げ分けられ、駆使されていますから、それが「シンカー、カーブ、シュート、フォーク」等のいずれなのか、あるいは複数の変化球を複合させた「合せ技」なのか、に個別に識別判断し対応しながら、その理解を進める必要があります。「打者」サイド(読み手/学び手)からすれば、各「変化球」に合わせて、フレキシブル且つテクニカルな「打撃スタイル」が必要になってくる、ということでもあります。
 
5-3 以上を小括すれば、上述したように、「非金銭執行」では、条文数が極めて「少数」であり、しかも現代の経済取引社会における「比重」も、決して大きいとは言えません(但し、現代の「市民生活関係」にとって、理論的にも、実務的にも、今後も、ますます大きな可能性や重要性をもつことについては、既述の通りです)。しかし、そうであるにもかかわらず、ここでは、多様な「請求権」態様(「請求権」目的の差異)に即応して、各種の「執行方法」(変化球)が駆使されているのですから、その「執行方法の組合せ」(各種変化球の合せ技)を含めて、その全体的・構造的・理論的理解は、かなり「困難」なものと言えます。ちなみに、本文中でも詳しく論究しますが、たとえば中野理論を特徴付ける、その「執行方法の組合せ」(合せ技)の法解釈論は、極めて巧妙・精密に理論構成されており、それはいわば絶妙にコントロールされた「神技」の域に達しているかのようでもあり、読み手(学び手)が、その「専門技術」的な諸要素を十分に把握し、これを「実践的・実務的」場面に応用し的確対処することは、必ずしも容易ではありません。かくして、「金銭執行」とは分離・峻別し、「非金銭執行」を正面から検討する独立した「単行解説書」の存在が、必須・必然とならざるを得ないのです。
 
6 3に、「ハーグ条約」(正式名称は「国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約」であり、1983年に発効)が我が国でも発効2014/2641し、同時に「子奪取条約」実施法(「国際的な子の奪取の民事法の側面に関する条約」の実施に関する法律)(以下、「ハーグ条約」実施法と略記)も施行されました。これに伴い、次の二つが、今後の「大きな課題」として、浮上してきています。第1の「課題」として、「ハーグ条約」実施法の施行を受けて、「非金銭執行」の一タイプたる「子の引渡し」国内執行への、その「波及効果」(その「実務的」取組み)如何、の問題です。第2に、ハーグ条約の根幹たる「理念」や「国際法理」を踏まえて、「子引渡し」国内執行についても、我が国の独自の視点をも加味した上での、新たな「制度構築(立法化)」はどうあるべきか、という問題です。
 
――なお、国境を跨り「子の奪取」がなされる場合としては、①子が外国から「日本」に連れ去られ又は留置されたケース(インカミングケース)、②子が「日本」から外国に連れ去られ又は留置されたケース(アウトゴーイングケース)、の二つのケースが想定されますが、「ハーグ条約」実施法は前者の「インカミングケース」につき定めるものです。このケースでは、その連れ去り又は留置により「監護権」が侵害された場合には、「日本で子の監護している者」を相手方として、「子の返還」申立手続や「子との面会交流」申立手続を進める必要がありますが、これについては日本の裁判所が管轄権を有し、たとえば東京家庭裁判所や大阪家庭裁判所が「第1審裁判所」となります。また、後者の「アウトゴーイングケース」では、上記の手続については、日本ではなく、連れ去られた「外国」(ハーグ条約締約国)で実施されることになります。――
 
6-1 第1の「課題」に関しては、「ハーグ条約」実施法では、「社会的相当性」、「子の福祉」、とりわけ「子の心身に及ぼす影響」に配慮する趣旨として、「執行行為」につき、かなり細かい「明文規定」が置かれています。しかも、上記のように、民執法の「特則」(同法第4章;§134~§143、そして家事事件手続の「特則」(同法第5; §144~§149も、定められています。これらは、今後、「子引渡し」の国内執行においても、「執行官」の行動規準としてのみならず、「裁判所」の執行判断規準としてもまた、妥当すべきものと思われます。施行後、未だ数年が経過したに過ぎませんが、その実務上の「取組み」(実務上、どのような「変化」が生じてきているのか、今後どのような「方向」に進んで行くのか、等)に注目していかなければなりません。
 
6-2 第2の「課題」として「ハーグ条約」実施法の施行に伴い、ハーグ条約の根幹をなす「理念」や「国際法理」を、さらには「子の返還」国際執行における実務蓄積を踏まえ、「子引渡し」国内執行について、なお我が国の独自の視点(現在までの執行実務や学説の経験的蓄積、「家族」や「夫婦」、そして「親子」の関係のあり方、情愛、伝統的慣行や価値観、社会的倫理感、等)をも加味した上で、新たな「制度構築」(「対人執行」立法)が必然化してきています。これは、まさしく、喫緊の要請となっています。
 
その際、「子の引渡し」の国内執行への「間接強制」前置のシステムの導入の「可否」、さらには国内執行における実現方法としての「代替執行」構成可能性の「可否」、等の問題を含めて、一方において、「子の返還」国際執行への「接近・共通化・平準化」が志向されるでしょうが、他方において、「子の返還」国際執行からの自覚的な「離反・識別化・差異化」も、自ずと意識されざるを得ないでしょう。このアンビバレンツにおいて、関係実務家も、研究者も、冷静にして、しかも慎重且つ的確に、「事」に対処すべきこと、当然です。
 
6-3 上記の「二つの課題」を念頭に置きながら、翻って我が国の現状を見ますと、「子引渡し」の国内執行については、民事執行法上、本来的に依拠すべき「明文規定」が存在していないのです(「動産引渡し」執行規定(§169)の準用や類推による「直接強制」の単独方法は、我が国の「実務慣行」とはいえ、もはや明確且つ決然と克服されるべきものです)。であれば、このような現状を、「ハーグ条約」実施法の理念をも考慮しながら、「立法的解決」として、早急に打開しなければなりません。根拠たる明文規定なき「類推・準用」等に依拠した実務運用や理論は、「不条理」としか言えない、からです。しかも、「子引渡し」執行については、従前より、実務の執行現場上、試行錯誤の連続の、いわば「混迷の状況」も見られ、理論上もまた、これへの的確・適切なサポートは必ずしも十分ではありませんでした。
 
加えて、「ハーグ条約」実施法の施行を契機としてなされるべき、「子引渡し」国内執行の「新たな法解釈論」については、これまでの既存の体系書・教科書等にあっては、同実施法の「概要」等に論及してはいるものの、別段、「新たな法解釈論」を志向ないし提示してはいないのです。「ハーグ条約」実施法が施行されたのですから、その施行に伴い、同実施法の規定内容は「子引渡し」国内執行の「実務」にも当然に影響を及ぼさざるを得ません。かくして、「子引渡し」国内執行については、まさに動き始めている「実務動向」を注視しながら、その「立法的解決」に先立つ大前提として、「新たな法解釈論」を志向ないし構築しなければなりません。これは、従来の我が国の「学説」状況等のトータルな整理・分析を踏まえて、国内「子引渡し」執行を「非金銭執行の全体系」の中に的確に位置付け(多様な「請求権」態様(「請求権」目的の差異)に即応して、多様な「執行方法」やその組合せがあるが、「子の引渡し」執行はそのいずれに「位置付ける」べきか)、我が国の「執行法理論」として「本来あるべき法解釈論は何か」(子引渡し執行の「理念像」)を志向ないし構築しよう、とするものです。このような「新たな法解釈論」を志向ないし構築なくして、さらなる「前進」(立法的解決)はあり得ません。かくして、今や、まさしく「新たな法解釈論」の志向ないし構築の時期が、喫緊に到来しているのです。これが、本書執筆の、第3の動機でした。
 
*なお、付言すれば、法務省民事局では,2015年から、既に「民事執行法の改正」を視野に入れて、その「準備作業」(法務省担当官の参加の下、学者や実務家等をメンバーとする「研究会」始動)に着手しています。その「検討課題」③として、「子の福祉」の観点から,「子の引渡し」執行手続に関する規律を明確化すべきことが、挙げられています。この「検討課題」③については、今後のスケジュールは未だ「確定」には至ってはいないようですが、上記「研究会」での議論も参考にしながら、なお検討を進め、必要に応じて法務大臣が「法制審議会」に諮問し,その「答申」を得た上で、「法改正案」提出に至る可能性が予想されます。
 
**上記の法務省民事局「準備作業」での、その他の「検討課題」として、①第1に、不動産取引等からの反社勢力排除の要請を踏まえて、不動産競売での反社勢力員の買受けを防止すべきこと、②第2に、現行の「財産開示手続」には債務者財産の状況を把握する制度として機能不全である等の問題が指摘されているところから,その手続等の実効性を向上させるべきこと、等が挙げられていました。
 
**ちなみに、上記の「検討課題」②については、既に2016912日、金田勝年法相は、法務省での「法制審議会」(法相の諮問機関)総会で、裁判で確定した「養育費」や「損害賠償金」の未払いを防ぐため、「金融機関」に口座照会への回答を義務付ける「民事執行法の改正」を諮問しました。来たる2017年にも「答申」を得た上で、2018年の通常国会への「改正案」提出を目指す、という予定となっています。法務省の意向としては、開示に応じない金融機関に対しては、「裁判所が開示請求できる」という法改正となるようです。
 
***なお、上記の「検討課題」②については、既に金融実務(3メガ銀)は現実的対応に踏み切っています(2017/01/20日経)。「弁護士が、確定判決や和解調書等の債務存在を確認できる文書を提示し、所属弁護士会を通じて照会する」という手続を経由することを条件として、債権者Gの請求に応じて、支払義務履行をしない債務者Sの「預金口座」情報を開示する(手数料等は無料)、という「3メガ銀」における実務取扱いです。これにより、債権者Gは債務者Sの「預金口座」を差し押え、債権回収できる、ことになります。従来、債権者Gが「債務者S口座」を差押えるためには、自らその金融機関「支店」までを特定することが必要であり、事実上、所在がわからず、断念することが多い、のが実情でしたから、債権者Gサイドにとっては、朗報と言えます。
 
7 既に35年ほど前になりますが、新たな「民執法」の制定・施行(S55101に伴い、いち早く、「新法」解説書として、石川明編・『青林双書 民事執行法』・1981(S56が刊行されました。助教授時代のことでしたが、私は、その大きな柱である「非金銭執行」と「担保権の実行」につき、執筆致しました。これが、研究公表面での「非金銭執行」との関わりの、一つの端緒でした。同書では、既にその段階で、「動産」引渡し執行に準じて「子」引渡し執行(「直接強制」の執行方法)を実施することへの疑念・批判(「子」は感情ある「人」であり、無機質たる「動産」と同視し得るものではないし、また「動産引渡執行」規定/§169はそもそも「子の引渡し執行」を想定するものではないから、同条の類推・準用はそもそも無理であり、否定されるべきである。「直接強制」説と「間接強制」説のいずれにも与せず、第3の「親権行使」説に共感し、債権者の「親権行使」に対する妨害排除請求権であり、これを前提にしての、債務者の「受忍義務」(不作為義務)であるとして、「不作為請求権執行」説を主張し、裁判所による「将来のための適当な処分」命令によって、柔軟な執行を志向すべし、という趣旨)を明確に指摘していました。今、過ぎ去りし歳月の速さに驚くばかりではありますが、「ハーグ条約」実施法の制定・施行を踏まえて、本書が「新たな法解釈論」を志向ないし構築を試みるものであること、上述した通りです。
 
なお、前著(石川明編・『青林双書 民事執行法』)刊行の当時とは異なり、民事執行法については、α)中野貞一郎先生の浩瀚なる「体系書」(『青林法律学全集・民事執行法』)を始めとして、多くの有益な「教科書」や「実務解説書」等が刊行されています。β)また、研究者や実務家を動員しての「グロスコンメンタール」シリーズを始めとして、版を重ねた立法担当官・浦野雄幸先生編集になる「基本法コンメンンタール 民事執行法6版)(日本評論社・2009等の、中小の「コンメンタール」等も、かなりの充実と発展を見せています。γ)さらに、注目すべき新「判例」も、数多く、登場してきています。δ)加えて、研究面でも、刮目すべき各段の「進歩」を見せていますし、ドイツ法研究をベースにして、「パラダイム的」転回を果たさんとする「業績」(「ドイツ強制抵当権制度」に関する拙著研究も、その一つではあります)も、登場してきています。以上、これらを鳥瞰しますと、この30数年間、民事執行法を取り巻く「学問・実務状況」は、「質・量」共に、大きく変化し、顕著な進展を見せた、と言わざるを得ません。
 
8 本書執筆に際しては、碩学・中野貞一郎先生の壮大・緻密な「民執法体系書」が、絶えず座右に置かれていました。後学の者にとって、その課せられた「使命」と「課題」はあまりに大きい、と言わねばなりません。
 
1970年代前半から後半にかけて、「慶應/ザール交換協定」に基づき、ドイツ・ザール大学で、私は、講師として、第1次在外研究(強制執行法研究)(19741976年)中でした。当時、まさに壮年期としての中野先生もまた、半年間程の短期滞在ではありましたが、ザール大学(ゲルハルト・リュケ教授研究室)での在外研究にエネルギッシュに勤しんでおられました。若き時代、ドイツの地で先生と御一緒させていただき、その御研究の「姿勢」や「方法」を間近に拝見することができました。先生の浩瀚な「体系書」のベースは、まさしくあの「ザールの地」で、涵養・形成されたものであることを、実感せざるを得ません。「萌芽はザールにあり」だったのです。
 

「理論」は「実務」に常に謙仰でなければならない、とは理論的・学理的研究者たる中野先生の基本姿勢を、いみじくも表現する中野テーゼです(α)。と同時に、他方、「実務」現状(日本的実務慣行)にもかかわらず、これに徒に引きずられることなく、「理論」(母法たるドイツ法理論を、さらには国際法理を、ベースとする「理論」)は「本来あるべき姿は何か」を常に探究し続けるものでなければならないこと、私を含めて、理論的・学理的研究者にとって、事理当然のテーゼでもあります(β)。一見、「相矛盾」し「相克」するかのような、この二つの「テーゼ」(α・β)は、「理論」と「実務」の、研ぎ澄まされた永遠の「緊張関係」(葛藤)を、的確にして冷静に客観描写するものと思われます。本書執筆中、とりわけ「子引渡し」執行については、その二つのテーゼの「相克」は、私の脳裏をついに離れることはありませんでした。
 
9 ドイツ・ザール大学のゲルハルト・リュケ先生Prof.Dr.Dr hc Gerhard Luke)(故人・名
誉教授・慶應義塾大学名誉教授・民訴法・強制執行法)には、著者30歳代の若き時代より、ドイ
ツ執行法研究に際し、御薫陶を賜りました。
 
 また、慶應義塾大学では、内池慶四郎先生(故人・名誉教授・民法)伊東乾先生(故人・
名誉教授・民訴法)、石川明先生(故人・名誉教授・民訴法・強制執行法)、に、御薫陶を賜りまし
た。
 
これらの諸先生の限りない御学恩に、唯、感謝あるのみです。そして、ひたすら前を
向いて、進むだけです。次なる新たな「課題」が待ち受けています。
 
10 永い歴史と伝統を誇る「明治学院」(青木健作理事長)の「創立150周年」の記念すべき年2012年)に、明治学院大学に赴任致しました。同年には、明治学院(大西晴樹学院長)や大学(鵜殿博喜学長)の記念行事が、数多く催されました。「ヘボン先生150年記念チャペルコンサートシリーズ」、そして荘厳な「チャペルパイプオルガンコンサートシリーズ」では、「バッハの時代の音色」に触れながら、大いなる感動の連続でした。
 
また、白金チャペルを拠点とした「明治学院バッハ・アカデミー演奏会シリーズ」(指揮者・国際的なバッハ研究の樋口隆一芸術学部教授・現名誉教授)も、感動的でした。華麗なオペラハウスや大きなコンサートホールにおけるとは異なり、宗教的な趣に包まれたバッハプログラムの「音楽会」は、あたかも「音楽の都」ドイツの、小さな町にひっそりと佇んでいた「チャペル」におけるかのように、つつましくも気品に満ちて、穏やかな光を投げかけておりました。それは、バッハのクリスマスオラトリオの厳かにして美しい演奏に深く魅了された、クリスマスイブの「チャペルクリスマス音楽礼拝」でも、同様でした。
 
2016年は、数々の優れた「西洋建築」を日本に残したことで知られる著名な建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計になる白金チャペル(正式名称・明治学院礼拝堂)の、「献堂100周年」という記念すべき年でも、ありました。宣教師でもあるヴォーリズのチャペル「設計思想」に込められた「ヘボン精神」に想いを馳せ、「キリスト教は『音楽』の宗教である」(キリスト教は「言葉」のない宗教であり、「宗教音楽」は、時として「言葉」以上に、人々の心に訴えかけ、魂を揺さぶるのです)ことを、あらためて実感した1年でした。
 
 また、この祝福の記念すべき2016年は、同時に、チャペルに象徴される「音楽の都」・明治学院大学白金キャンパス(松原康雄学長)で、「法学部創設50周年」(今尾真法学部長)を迎える年でも、ありました。鵜殿前学長御主導の、法学部と経済学部とのジョイント・コラボレーションの成果である新大学院(「法と経営学研究科」・加賀山茂委員長・2015年~)が順調なスタートを切った今、「新学科」創設構想(仮称・「グローバル法学科」)も具体的に進捗し、今やますますの充実と発展の「壮年期」が幕を開け、まさしく法学部「新時代」が満を持しての「到来」となりました。他者尊重の、自由にして平等な市民社会を創造する「担い手」(リーダー)としてのヒューマニズムシティズンやロイヤーを養成すべく、「Do or Othersのキリスト教主義教育を標榜する「法学部」(大学院法学研究科・大学院法務職研究科)をバックグラウンドに、我が国の母法たるドイツやフランスの「西欧法」が「キリスト教的価値観」に裏付けられたものであることを、あらためて再確認した1年でもありました。
 
11  最後になりましたが、郷里を離れて東京に進学し、以来、様々に応援してくれました両親、今は亡き両親、秀夫(東北大学名誉教授)・とく子に心より感謝しながら、拙い本書を捧げることをお許しいただきたく存じます。既に20年近くも前になりますが、激務繁忙の傍ら、献身的に両親サポートにあたった兄・恒夫(元東北電力株式会社副社長・最高顧問)夫婦には、感謝の言葉もありません。心より感謝申し上げます。
 
12 信山社社主・渡辺左近様には、本書刊行に際して、多大の御支援や御助言を賜わりました。記して深い感謝の意を表したく、厚く御礼申し上げる次第です。
 
 
  2016年 晩秋      
白金アートホールでの「明治学院コンサートシリーズ」(国際的チェリスト・半澤朝彦国際学部教授プロデュース)の奏でる弦楽の見事なハーモーニーに深い感動を覚えながら
                15号館研究室にて  斎藤和夫
 
 
 
 
 
 
 
 







 

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