斎藤和夫著・『民事保全法 民事紛争最前線』・慶應義塾大学出版会・2014年12月刊行-「はしがき」より抜粋-
Ⅰ はしがき
民事保全法を含めて、民事手続法については、慶應義塾大学、そして明治学院大学、その大学院での演習や講義では、多くの熱心な受講生に恵まれてきました。その方々との、教室での質疑応答を想起しながら、本書執筆の手を進めてきました。ノンチャイム制の下で、「先生、時間、過ぎています」との、受講生の指摘にはっとして、思わず時計を見ると、既に夜8時をまわっていたことも、しばしばありました。演習や講義の余韻を残しながらの、疲れを感じることもない、心地よい充実感に満ちた、大学からの帰り道でした。この意味では、本書は、「講義、その後」、でもあります。
民事保全については、旧法時代を含めて、多くの有益な著作が存在してきていますが、そのほとんどが「実務家」本(含・実務的研究者)であり、いわゆる「学者」本としては、僅少であり、これは現行法の下でも変わりがありません。しかも、「実務家」本としては、多数の実務家を動員しての、共同執筆スタイル(個別問題ごとの解説やコンメンタール)のものも多く、確かに個別問題の解決のためには有益ではありますが、「通読」理解するには、内容的にも、ボリューム的にも、それが故に時間的にも、法律専門家を含めて、多くの「読み手」にとって、「困難」を伴うものではないか、と思われます。このような印象を受けるのは、私だけではない、と思われます。
「実務家」本の多くは、民事保全実務に精通した実務家中心の共同作業であるが故に、正確・精緻ではあるものの、他面、それだけ一層、「読み手」にとっては、複雑・煩瑣なものとなっていることは、否めない事実です。それが「単著」であっても、同様です。このようなことを含めて、民事保全は、その複雑にして高度な技術性なるが故に、一部の実務専門家の特殊専門領域化してきている、と言ってもよいように思われます。その実務スキルも認識も、たとえ法律専門家(実務家や研究者)であっても、その「実践」に携わることなくして、十分にカバーすることは、困難であり、門外者に対して、その安易な接近を厳しく峻拒しているかのようです。聳え立つ「民事保全」山を眼前に、その険しさに思わず立ちすくみ、多くの人々は、その意に反して、止む無く「登頂」を断念せざるを得なかったのです。
「先生、読んでも、わからないのですが・・・」という受講生の言葉を、何度、聞いてきたことでしょうか。これはいつものような反応に他なりませんでした。予習課題としての指定文献(民事保全)は、読み込み理解するためには、その限りでは、無力だったのです。そこで、学生の方々のみならず、法律専門家の方々にとっても、そして関心をもつどなたにとっても、「理解し易い、わかり易い」民事保全法の著作を書かなければならない、と切実に思いました。これが、本書執筆の大きな動機です。
本書には、筆者の様々な意図が込められています。その「基本コンセプト」については、その詳細(民事保全法総論を兼ねています)を次なるページに委ねていますので、ポイントを御参照いただければ、大変幸いです。
本書のサブタイトルにもありますように、民事保全は「民事紛争の最前線」にあり、それは激動する時代を映す「鏡」であり、民事保全の姿は、「明日の民事訴訟」の姿であり、「明後日の民事執行(強制執行)」の姿です。民事保全の「実相」は、次なる民事訴訟を、そしてさらなる民事執行を、まさしく予期し、これを事実上左右していくものに他なりません。端的に、民事保全を知らずして、民事訴訟も、民事執行も、知ることはできないのです。それは、実務面(実相)からのみならず、理論面(体系)からも、同様であり、ここに民事保全のもっとも重要な意義が認められます。
本書の執筆に際し、あるべき「理論」を追求しながらも、同時に様々な現実からの制約を受けざるを得ない「実務(実践)」の実態に直面したとき、「実務(実践)」への「理論」の応用がどれだけ困難な作業であるのかを、実感せざるを得ませんでした。「学説は実務に常に謙仰でなければならない」、という碩学(中野貞一郎先生)の言葉を噛みしめての作業でした。
法律学研究を志してから、はや幾星霜が過ぎ去っていきました。若き日の自分を学問研究に御導きいただきました、故内池慶四郎先生(慶大)、故ゲルハルト・リュケ先生(ドイツ・ザール大学)、伊東乾先生(慶大)、石川明先生(慶大)、これらの諸先生(名誉教授)の限りない御学恩に、あらためて心より感謝申し上げます。もう40年前にもなりますが、ドイツでのリュケ先生の、その御講義や演習での情熱に満ちた御発言が、今なお耳に残ります。さらなる「課題」に向けて、出発しなければなりません。
なお、今は亡き両親、秀夫(東北大学名誉教授)、とく子に、心からの感謝を込めて、拙い本書を捧げることを、お許しいただきたく存じます。
最後になりましたが、慶應義塾大学出版会・編集部の岡田智武氏からは、本になるまでの共同作業において、丁寧で周到な校正のみならず、多面的に有益な助言を戴き、今回もまた、大変お世話様になりました。記してここに深甚の感謝の意を表します。
「ヘボン塾」開設151年の記念すべき年に、永い歴史と伝統を誇る明治学院大学(鵜殿博喜学長)白金キャンパスでの、荘厳なチャペルコンサート(指揮者・国際的バッハ研究者の樋口隆一教授)、そして白金アートホールでの、明治学院コンサートシリーズ(国際的チェリスト半澤朝彦教授プロデュース)に、日々感動を新たにしながら
2014年11月初旬 芸術の秋の深まりの中で 斎藤和夫
Ⅱ 本書を手にとっていただいた「読者」の方々のために
・1 新時代の法曹を目指して日々研鑽に励まれている法科大学院の学生の方々のために、
・2 今後、企業法務や金融法務等に、あるいは公務員として、法律を活かして活躍したいと考えている法学部の学生の方々のために、
・3 法曹実務に携わり、現在、そして今後も、民事保全のなお一層の活用を必要とされている、とりわけ若手・中堅の法曹の方々のために、
・4 今現実に企業法務や金融法務の現場で、あるいは公務員として、その第一線で保全実務に携わられている方々のために、
・5 民事保全に関心があり、これを必要とされるすべての方々のために、
一人でも多くの方々にとって、本書が、民事保全法の「全体像」のより良き理解に資することができれば、著者にとって、これにすぎる喜びはありません。本書を手に取っていただいた初学者から専門家に至るすべての「読者」の方々にとって、認識と実務スキルのさらなる向上と発展のために、お役に立てますことを心より願っています。
Ⅲ 本書の「基本コンセプト」目次
・1 「具体例」に即して、「簡潔・明快」に、民事保全法の「全体構造」を解説します。
・2 体系的に「全体構造」を理解するための、通読可能な、唯一の民事保全法「単行書」です。
・3 民事保全は「民事紛争最前線」の渦中における喫緊の法的解決手段です。
・4 民事保全は、「実体法」と「手続法」が交錯する、ヴィヴィッドな法領域です。
・5 「図解」をもって語らしめ、「眼」で考えます。
・6 「具体例」から入り、「具体的イメージ」をつかみ、ケースで「法律(保全手段)」を理解します。
・7 「ゴール」地点(結論)からフィードバックして、「スタート」地点(法律)を展望します。
・8 「裁判所」視点ではなく、「当事者」(使い手)のための民事保全法、という基本視点をベースとします。
・9 「不服申立制度」(債務者保護)を含めて、両当事者の「諸利益対立状況」を踏まえ、その「利害調整」を衡量し、バランスのとれた適切・妥当な法解釈を志向します。
・10 読者の方々にとって「読み易く、理解し易く」という観点から、その表記や記述に際して、また記述項目においても、フレキシブルに工夫し、対処しています。
Ⅳ 本書の「基本コンセプト」
本書を手にとっていただいた「読者」の方々のために、予め本書の「基本コンセプト」をまとめておきたいと思います。
・1 『Kurtzbuch』というサブネーミング
本書のコンセプトは、『Kurtzbuch』(クルツブーフ)という、そのサブネーミングに込められています。
ⅰ)本書のカバーには、『Kurzbuch』というサブネーミングが付されていますが、これはドイツ語で「簡潔にして明快な本」という意味です。
ⅱ)『Buch』(ブーフ)とは、英語で言えば、「ブック」ですし、『kurz』(クルツ)とは、「①コンクリート(concrete)、②コンサイス(concise)、③クリアー(ciear)」という意味をトータルに包摂したものです。したがって、本書は「三つのC」を体現した本に他なりません。
ⅲ)より具体的に言えば、本書は、「具体性」(具体例)(コンクリ-ト)に即しながら、「簡潔」(クリヤー)にして、「明快」(コンサイス)に、民事保全法の「全体構造」を解き明かし、読者の方々にとって、その理解を容易なものとしようと意図とするものです。
・2 民事保全法につき、体系的に民事保全法の「全体構造」を理解することができる通読可能な唯一の単行解説書
ⅰ)民事保全法は、単独単行本としてではなく、民事執行法といわば「抱き合わせ」で、両法包摂本として、刊行されているのが、現状です。たとえば、『民事執行・保全法』というタイトルの著作は、よく見られるところです。しかも、それらの著作にあっては、民事執行法に関する叙述がほとんどを占めており(8割強)、民事保全法についてはごく僅かの叙述に留まっています(2割弱)。民事保全は実務上の重要スキルにもかかわらず、「刺身のつま」のごとく、不当に小さい扱いになってしまっています。「概説」としても、説明不十分のきらいがあることは、否めない事実です。
ⅱ)また、民事保全に関する、実務家の手になる有用な「実務書」(その多くは多数の実務家が執筆に参加しています)は、いくつも刊行されていますが、「通読」するには、必ずしも適当なものではありません。個別事例・問題事例ごとに、その実務上の取扱いや指針を提示しており、具体的な問題事例にぶつかったときに、それに合わせて検索するにはふさわしいものではありますが、民事保全法の全体構造を「体系的」理解するには、必ずしもふさわしいものではありません。しかも、ボリューム的に「大部」で、必ずしも理解容易に書かれたわけではなく、日々の業務遂行に追われる一般法曹からしても、時間的にも通読困難のものが、見受けられます。
ⅲ)「民事保全」のジャンルでは、いわゆる「実務家」本が、ほとんどすべてを占めており、しかも、それらは、裁判所の現場サイドから、保全実務に携わる多くの執筆陣を動員しての、「実務処理」方法についての解説本が、あくまで大多数となっています。民事保全「処分」をおこなうに際しての、永年に亘り積み重ねられ且つ蓄積されてきた実務上の処理方法とそのノウハウを、いわば裁判所サイド(その視点)から、その「承継と発展」のために、詳細に解説し、これを提示しているのです。端的に、「民事保全」書は、保全専門部署での「実務上の処理方法」についての、担当専門家自らによる解説書となっています。実務家中心の世界で、その保全処理方法は、非専門家の接近を峻拒し、その高度の技術性なるが故に、担当実務専門家の特殊専門領域化したものとなっています。
ⅳ)以上のこと ここに、「読み手」にとって、通読可能な、「理解し易い、わかり易い」民事保全法の「全体像」、これをキーコンセプトの一つとした、「本書の意義」が認められます。
・3 「民事紛争最前線」というサブタイトルの意味は何か
本書は、「民事紛争最前線」というサブタイトルを付していますが、これは「民事保全」をもっとも明瞭に特徴付けるキーワードだからです。
ⅰ)「民事保全」は、来るべき「民事訴訟」、さらには「強制執行」の、『前哨戦』と言えます。すなわち、「民事保全」は、当事者の「権利」や「権利関係」(→これを「被保全権利」と言います)を暫定的に確定し、あるいは形成し、これによって申立債権者の「仮の救済」に資する、という手続ですから、来るべき「民事訴訟」、さらには「強制執行」の、『前哨戦』、あるいは裁判所サイドから言えば『前衛』(手続)とも言うべきものです。
ⅱ)より具体的には、その「権利」や「権利関係」につき、申立債権者は、まず、第1ステップとして、「民事保全」による暫定的確定(仮の救済)を得ておきます。そして、次なる第2ステップの「民事訴訟」では、判決により、その終局的確定(→権利確定)を得ます。これにより、さらなる第3ステップとしての「強制執行」(→権利実現)に備えておくのです。しかも、ここでは、「民事保全」は、民事訴訟で得られた判決等の債務名義に「実効力」を付与し、さらなる「強制執行」を確実に保全するものとなっています。このような手続の流れに注目すれば、申立当事者にとって、「民事保全」は、まさしく民事紛争の『前哨戦』と言えます。これを手続進行として見れば、民事保全は、来るべき「民事訴訟」、さらには「強制執行」の、『前駆手続』でもあります。
ⅲ)このように、「民事保全、民事訴訟、強制執行」の三つの手続は、相互に関連しながら、手続的に順次進行していくものです。しかも、この三つの手続において、もっとも時間的に先行すべきものは「民事保全」ですから、まさしくここに現代の「民事紛争」が先鋭的に登場せざるを得ないのです。「民事保全」では、激動する時代を表し、それを象徴するが如き、新たなタイプの「民事紛争」が、陸続として顕現してくるのです。「民事紛争の最前線」と称する理由です。
ⅳ)時代の、法律的・社会的・経済的に、激しく大きな変動や変化と共に、それが生起するニュータイプの「民事紛争」(解決すべき問題状況)に直面したとき、関係当事者(代理人弁護士)は、まず「保全」申立て(保全手段の駆使)により、迅速にその解決の一手を試みるし、またそうでなければなりません。これにより当事者たる権利者の「仮の権利救済」を図りながら、次なる「民事訴訟」での確定的救済を志向し、さらなる「強制執行」による最終的な救済実現を果たそうとするのです。端的に、「仮の救済」手続、→「救済確定」手続、→「救済実現」手続、という一連の手続の遂行です。しかも、「仮地位」仮処分にあっては、当事者間の紛争はすべてこれで決着という、現実的に重要な効果を発揮するものもあり、実務上の意義は極めて大きなものがあります。先制攻撃ですべて決着し、その後の手続履践は不要に帰す、という実質的機能です。
ⅴ)このような視点からすれば、「民事保全」は、将来の「民事訴訟」を、さらには「強制執行」を予測し、これに迅速・的確に備える手段となっています。これを他面からから見れば、「民事保全」は、「民事訴訟」や「強制執行」に対して、必然的に「新たな対処」を迫ってくるものである、と言わなければなりません。
ⅵ)以上のような状況を踏まえるならば、今日の「民事保全」は、明日の「民事訴訟」であり、明後日の「強制執行」に他なりません。とすれば、「民事保全」は、まさしく「民事紛争最前線」というにふさわしいものと言えます。したがって、「民事保全」は、「民事訴訟」に、さらには「強制執行」に携わるすべての実務家や理論家にとって、そして民事紛争に直面している多くの人々にとって、必須の認識とスキルであると言わなければなりません。
ⅶ)民事紛争の最前線たる民事保全、その現代的状況の一端は、プロローグとエピローグに、描写しています。この現代的状況に興味・関心ある方々は、本文解説に先立ち、まずここから読まれれば、なお一層の理解が得られるでしょう。
・4 「実体法」と「手続法」の交錯を意識する
本書は、「実体法」と「手続法」、そして「その交錯」を意識して、執筆したものです。ここで、「実体法」とは、民法や商法等のことであり、「手続法」とは、民事訴訟法、民事執行法、倒産法、等を意味しています。
・5 『図解』をもって語らしめ『眼』で考える
本書は、『図解』をもって語らしめ、『眼』で考えます。「百聞は一見に如かず」と言われますが、「百万言は『図解』に如かず」であり、読みながらその内容を『図解』で理解することができます。読者の方々にとっては、「百読は『図解』に如かず」です。
・6 ケースで『法律』を理解する
本書は、『具体例』から入り、具体的イメージをつかみ、ケースで『法律』を理解します。 たとえば、民事保全、とりわけその具体的な「保全手段」についての『具体例』から、具体的イメージをつかみ、現実社会での役割や機能を意識しながら、ケースで興味深く『法律』を学んでいくことができます。読者の方々にとっては、難解な『法律』も簡明に理解できます。
・7 『ゴール』地点(『結論』)から『スタート』地点(『法律』)を展望する
本書は、『ゴール』地点(『結論』)からフィードバックして、『スタート』地点(『法律』)を展望しています。
ⅰ)『法律』(その意味)を大前提として、それに『事案』を当て嵌めながら、『結論』(法解釈・適用)を明らかにしていく、という「流れ」(演繹的考察)で書かれた本ではありません。むしろ、そのような考察から意識的に離れ、まず『事案』を提示して、併せてその『結論』(法解釈・適用)を考えながら、『法律』(その意味)を探求していく、という「流れ」(帰納的考察)を志向した本です。
ⅱ)初めに『法律』(その意味)ありき、ではなく、まず初めに『現実(事案)』があり、その解決のために『法律』(その意味)があるのですから、当事者のためのその紛争解決機能に注目して、『法律』(その意味)を探求していこう、というのが、本書のキーコンセプトの一つとなっています。
ⅲ)たとえば、まず冒頭に『設例』(事案)を置き、その『結論』を考えながら、『法律』(その意味)を探求し、これを解明していきます。これは、読者の方々にとって、『法律』のもつそもそもの「合理性」に加えて、その「紛争解決機能」を実践感覚として明確に把握していただけるように、意図したものです。端的に、本書は「ケース」を通して理解する民事保全法です。
・8 「当事者」のための民事保全法、という基本視点に基づく
本書は、「当事者」のための民事保全法、という基本視点に基づいています。
ⅰ)「当事者は、どのような場面で、どのような目的のために保全手段を活用するのか」、という視点から、民事保全の全体像を解明していきます。端的に、「処分発令者」としての「裁判所」のための民事保全法ではなく、「使い手」としての「当事者」のための民事保全法、という視点です。端的に、「裁判所」目線ではなく、「当事者」目線から、ということです。
ⅱ)たとえば、裁判所サイド的な感覚の「保全処分」という表記よりも、むしろ、「当事者」(債権者)の活用手段という観点から、「保全手段」という表記を多用しています。ここでは、各「保全手段」の特徴につき、それを当事者サイドからの「活用機能」として、解説しています。
ⅲ)具体的には、仮差押手段は相手方債務者に対しての「財産処分封じ込め」機能ですし、係争物仮処分は債務者たる相手方に対する「当事者恒定化」機能ですし、仮地位仮処分は相手方債務者との「紛争解決」機能です。
・9 両当事者の「諸利益対立状況」の「利益調整」から「法解釈」(結論)を構築する
本書は、両当事者の「諸利益対立状況」を踏まえて、その「利益調整」から法解釈(結論)を構築しようとするものです。
ⅰ)「不服申立制度」(債務者保護)を含めて、両当事者の「諸利益対立状況」を踏まえ、その「利害調整」を衡量し、バランスのとれた適切・妥当な法解釈を志向します。ここでは、保全処分制度が、そもそも「債権者Gの利益」に傾斜してスタートするものであるところから、「不服申立制度」にあっては、「債務者S保護」の視点がより前面に登場せざるを得ません。
ⅱ)たとえば、民事保全では、「不服申立方法」が最大のヤマ場です。債権者Gの保全申立てによりスタートした保全手続は、その後の手続進行と共に、申立人Gとその相手方債務者Sとの熾烈な「攻防戦」の幕が切って降ろされ、相互に「不服申立方法」を駆使しての法的戦いとなるのです。ここでは、両当事者の「諸利益対立状況」が顕著に発現し、その「利益調整」から「不服申立て」の許否が、裁判所によって、判断されるのです。
ⅲ)現実における両当事者の「諸利益対立状況」の激烈さは、本書の「プロローグ」からも、あまりにも明らかです。したがって、保全債権者Gサイドであっても、保全債務者Sサイドであっても、その保全代理人たる実務法曹プロフェッショナルにとって、とりわけその「不服申立方法」についての精通・熟練は、それが複雑にして精緻な仕組みであるだけに、なお一層、極めて重要な、必須の実践技術・技能となっています。
ⅳ)しかし、他方、従来型の教科書や体系書では、「不服申立方法」については、小さなウエイトで、比較的に簡単な記述に留まっています。しかも、「読み手」からすると、一般叙述の中に埋没していたり、軽易に小項目化され、あたかも重視されてはいないかのような印象を与えているものが、ほとんどでした。そこで、このような状況を考慮して、本書は、本書編成の大きな「柱」の独立項目として、かなりのウエイトを置き、そのトータルな構造解明を試みています。
・10 「読み手」視点から「読み易く、理解し易く」表記を工夫する
本書は、「読み手」の方々にとって「読み易く、理解し易く」という観点から、その表記や記述に際して、また記述項目においても、フレキシブルに工夫し、対処しています。
ⅰ)具体的には、まず、「G・S」という表記です。債権者(Glaebiger)を「G」、債務者(Schldner)を「S」と表記しています。ドイツ法律文献(教科書、体系書、コンメンタール、実務書)では、このような形で、その略記が、多用され、永らくごく当然の伝統的用語法として、通例・慣例化しているところから、本書でもこれにならいました。
勿論、本書は日本語で書かれた本ですから、母法たるドイツ法文献の略記がそうであるからと言って、それにならうことの決定的理由とは、なりません。本書は、「読み手」(初学者)サイドの「理解容易性」、その無用の「混乱回避」という考慮から、G・S表記を活用したものです。
日本語文献では、保全当事者である、「債権者」、「債務者」という文言が、頻繁に出てきます。両者は保全手続の「両当事者」ですから、その頻繁な登場はごく当然至極ではあります。たとえば、論述テーマにとっては、この二つの用語が、1頁あたり、10語以上にもなることも、別段、珍しくはありません。また、「債権者」、「債務者」という文言以外にも、概念用語として、債務者名義、仮差押債権者、仮差押債務者、仮処分債権者、仮処分債務者、申立債権者、相手方債務者・・・・、いうが如き、文言がたくさん登場してきます。
しかし、「読み手」サイドからすると、特に初学者にとっては、「債権者」のことなのか、「債務者」のことなのか、いずれの者の話なのか、かなり混乱してくる場合もあることは、事実です。そこで、そのような「混乱」を避けるために、G・S表記を活用しました。
ⅱ)第2に、「カギ」(括弧)の活用です。民事保全の専門用語には、漢字が羅列された、かなりの長い概念用語が頻出してきます。それらの概念内容を、「眼で一読」して判明・理解できるように、そして諸概念を明確に対比・識別できるように、という狙いからです。そのキーたる特徴を表示する「漢字単語・熟語」に注目して、「カギ」を付しました。
様々な目新しい難解な「諸概念」が登場する民事保全法、これに初めて取り組もうとする「読み手」にとっては、これらの「諸概念」の的確な理解は、鬼門の一つです。そこで、たとえば、各種の「保全手段」については、その識別メルクマールとして、「カギ」を付し、その意味内容(概念内容)のメルクマールを特徴付け、それにより「読み手」の理解容易性に資するべく、その表記の工夫を試みました。理解が進めば、「カキ」を外していただいて、その認識や実務スキルを活用していただければ、と考えています。
また、「保全異議」と並ぶ、もう一つの不服申立方法である「保全取消し」については、初学者にとって、誤解や混乱が生じるところの、代表例です。それが、申立てが認められた結果としての「保全取消し」(取消しされた状態)の意味なのか、それとも「保全取消し」申立て(それ自体)の意味なのか、という識別です。この混乱回避のために、そして「保全異議」と同様に、この概念はまずもって「不服申立方法」の一つなのですから、類書とは異なりますが、本書では、「申立て」を意味する場合には、<「保全取消し」申立て>という表記を活用しています。
ⅲ)第3に、本書では、「ケースストリー」という項目が置かれています。この趣旨は次のことにあります。判例百選などで、「判例」を学習するに際して、一部ではありますが、学生の方々の中には、「事案」を読み飛ばし、すぐさま「判旨」と「解説」に入る、という読み方も、かなり目立ちます。「事案」をじっくり読むには、時間が惜しいし、すぐに本丸の、肝心要の「法律問題」解説に入り、理論・学説・判例状況を含めて、その「問題解決」を素早く学んでおきたい、という気持ちからでしょうが、たしかにこれは理解できないことでもありません。
しかし、それでは、実務法曹として必須の「実践感覚」(現場感覚)に迫ることは、到底、できないのです。「判決」における論旨(判決理由)のベースには、形式論理を超えた、裁判官の「実践感覚」が厳然と存在し、そこから適切妥当な「結論」(判決主文)が導出されている、からです。
そこで、このような「実践感覚」にアプローチしてもらうために、「ケースストリー」を置いて、「読み手」の方々に、「事案」についての関心・興味を喚起できるように努めています。なお、本書中の様々な「設例」を含めて、この「ケースストーリー」は、実際の「事案」を参考とはしていますが、それをかなり修正し、実質的にはあくまでも「創作ストーリー」に近いものとなっていますことを、予め御理解・御諒承いただければ大変幸いです。
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